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“超ひねくれもの”が考え出した、数奇な友情にまつわる物語。『DON’T SAY YES』『TO:NORTH』の開発者に創作秘話を訊く




2024年1月、1本のゲームが話題を集めました。その名も『TO:NORTH(トゥノース)』。「南に向けない」というユニークなシステムをテーマとした短編アドベンチャーゲームです。その作者である紅狐さんは、2022年の話題作『DON'T SAY YES』を制作したほか、チームVODKAdemo?が開発する『MINDHACK』のシナリオやプログラムも手がける人物。そんな紅狐さんとひょんなことからご縁があったroom6が、紅狐さんの創作事情や遍歴について迫ります。



――自己紹介をお願いします。


紅狐さん:

紅狐です。日頃は映像制作をしています。といっても自主制作的にクリエイティブな映像を作っているわけじゃなくて、クライアントから依頼された広告動画などを制作しています。たとえば最近は、room6さんが運営しているアプリゲーム『ローグウィズデッド』のプロモーションビデオを制作しました。


――YouTubeでもよく見る映像ですね。



紅狐さん:

はい。room6関係では、2023年の情報番組「ヨカゼナイト」でもお仕事をさせていただきましたね。それ以外にも、音楽ゲームの背景に使う映像や、イラストレーターさんのイラストを動かすアニメーションも作ったことがあります。モーショングラフィックスを使った制作が得意です。あとは、ゲームのPVですね。ゲームの紹介のための短い映像を作ったりしてます。


――紅狐さんといえば、チームVODKAdemo?で制作している『MINDHACK』(※1)や、個人制作の『DON'T SAY YES』(※2)『TO:NORTH』のイメージが強い人も多いと思います。でも、実は本職はゲーム屋さんじゃないんですね。


紅狐さん:

まったくそんなことはないです。


(※1)『MINDHACK』

紅狐さんが所属するチームVODKAdemo?が開発するビジュアルノベル。2023年に早期アクセス配信を開始した。犯罪などを犯した悪人の頭をハックし、お花畑に変えていくことで世界平和を目指すディストピア・アドベンチャー。インディーゲームレーベル「ヨカゼ」に所属。


(※2)『DON'T SAY YES』

紅狐さんが2022年に公開したビジュアルノベル。月に墜落した瀕死のパイロットが、月の悪魔と出会った最期の5分間を描く。選択肢の「YES」か「NO」だけを選んでいくシンプルなシステムとは裏腹に、多くの仕掛けが仕込まれたシナリオが話題となった。





――映像が本職だけど、なぜかゲームの方の存在感が増しているという。


紅狐さん:

これは後の質問で言おうと思っていたんですが……。「ものを1から作るのが好き」というよりは、「コンピューターを触るのが好き」なんです。そして、コンピューターのなかで一番得意なのが映像だから、映像をやっている、みたいな。


それに加えて、「コンピューターを触る」のなかに「ゲームを作る」も入っていて。そして今ゲームを3本も作っている(笑)


――コンピューターを触るのが好き、と仰っていましたが、例えば映像とは関係なく、Excelなんかを触っているときも幸せを感じるんですか。


紅狐さん:

はい、感じます。


――一太郎スマイルとかでも?


紅狐さん:

感じます!


――昔からコンピューターが好きなんでしょうか。


紅狐さん:

私が子どものころ両親が、子どもたちにパソコンを教える教室をやっていたんです。2人とも新しい物好きだったので、パソコンが世の中に普及するよりもずっと前に家で何台かパソコンを並べて、子どもたちがパソコンに触れる機会を作っていました。1990年代の初めのころかな。


――パソコンを起動したら「ガガガガッ……ガガガッ……」とか言っていた時代の。


紅狐さん:

そうです(笑)


――小さいころからパソコンが身近にあったわけですね。それで、パソコンを触るのが楽しくなってしまったと。


紅狐さん:

ということです。それで、家にあったのがWindowsじゃなくてMacだったんです。Macといえばデザイン業務に使うものだったから、パソコンを使ってプログラムじゃなくて、デザインの方にいったって感じですね。


――もしそこで置いてあったのがWindowsだったら、バリバリのプログラマーになっていたかもしれないですね。


紅狐さん:

なってたかもしれないですね。



『TO:NORTH』を作った「ひねくれもの」と、「友達」


※記事中に『TO:NORTH』のネタバレを含みます。未プレイの方は次のセクションにお進みください。



――そろそろ、紅狐さんの作品についてのお話を伺っていきたいと思います。最新作『TO:NORTH』がどんな作品か、教えていただけますか。


紅狐さん:

はい。まず、前作の『DON'T SAY YES』が「YES」か「NO」の選択肢だけを選ぶゲームで、タイトルの通り「YES」と言ってはいけないアドベンチャーだったんです。で、『TO:NORTH』は、話は全く繋がっていないんだけど、その続きみたいな感じで。歩き回れるアドベンチャーゲームでありながら、十字キーの下を押しても南に行くことができない。ひたすら上、北を目指すっていうゲームです。



――『DON'T SAY YES』がYESかNOを選んでいくゲームで、そこからさらに、今度はシステム的に進化させようとして作った、ということでしょうか。


紅狐さん:

その通りです。『DON'T SAY YES』は「とりあえずGB Studio(※3)をやってみよう」ということで作ったゲームですが、意図せず話題にしていただきました。


(※3)GB Studio

ロンドンの開発者、Chris Maltby氏がリリースしたゲーム開発アプリケーション。プログラミングをすることなく、2DスタイルのRPGやアクションゲームなど、ゲームボーイ風のレトロなゲームを開発できる。



紅狐さん:

普段はあまりエゴサをしないのですが『DON'T SAY YES』が話題になったときは、さすがにちょっと反応を見たんです。そこで、褒めてくださる方もたくさんいたのですが、そのなかで一番多かった意見が「これはゲームじゃなくて読み物だよね」というものでした。確かにその通りなのですが「ちゃうねん!」と思って。「これしかできないんじゃなくて、本来私はめちゃくちゃゲームが好きであって、3日で作ったからこういう作りになってるだけなんだよ」と思ったんです。で、「次回は読み物って言われないやつを作ろう」って(笑)


――早い話が「カチンときたから」……?


紅狐さん:

「うわ~~~!」ってなって。


――心に火が付いたんですね。


紅狐さん:

はい。「前の作品よりシステムを広げよう」と思って、『TO:NORTH』ではキャラクターから話を聞くだけじゃなくて、マップを歩き回れるゲームにしたんです。


――そして、システム的には歩き回れるようにしたけれど、前作同様「南に行けない」という縛りもつけたと。


紅狐さん:

そうそう。もしこのゲームを気にして遊んでくれる人がいるとしたら、「『DON'T SAY YES』の人ね」と思う人もいるだろうから、同じ系列の方がいいだろうと考えました。そこで、まず「〇〇できない」は踏襲しようと思って、こういうシステムになっています。



――システム的に『TO:NORTH』は正統進化したわけですが、今回も『DON'T SAY YES』同様、シナリオ的などんでん返しがありますよね。こうした仕掛けを楽しみにしているファンも多いと思いますが、シナリオを作っているときは、読む人の反応を想定しながら書いているんでしょうか?


紅狐さん:

それはもちろんです。もともと私は「デザイナー」なので。デザインってただオシャレなものを作るだけじゃなくて、「作ったものを見た人がどう思うか」がめちゃめちゃ大事なんですね。だからシナリオ作りもその延長線上にあります。「見た人がどう思うか」が一番最初にあるんですね。話の一番終わりから作っていって、手前の方に伏線を仕込んでいく感じです。


――「こういうオチにしよう」というのを先に決めて、そこに至るためにはどうしていったらいいか、というパズルを組み立てているんですね。


紅狐さん:

まさにパズルを作っている感じです。


――読者やプレイヤーの気持ちの動かし方も計算しているのでしょうか?


紅狐さん:

そうです。大体最初に、小説でいうとプロットみたいな、最初から最後までの設計図を作るんです。そのなかでも、最後からちょっと手前で一番ぐっとくるようにするために、「ここが山場だとしたら、一旦トラップを仕込んでおかないとな」みたいなことをして。一番最後が、一番「うわー」ってなるようなお膳立てをできるように考えていますね。まず、伝えたいメッセージがあって、「これを遊んだ後にどういう気持ちになるか」を考えています。その感情にたどり着かせるための道を舗装していくみたいな感じですね。


――ゲームを遊んだ人に特定の感情を抱いてほしくて設計している、ということですが、なぜその感情がことごとく「つらくてしんどい」ゲームばかりなのでしょうか。


紅狐さん:

何ででしょうね……(笑) 世の中って、すべてうまくいくものじゃないと思うんです。常に人間って、生きていると矛盾があったり、苦しんだりするわけじゃないですか。人のそういう苦しんでるところが好きっていうか。大きな「世界」という流れがあるなかで、人というちっぽけな存在が頑張ってあがいているっていう、その状況がすごく美しくて愛しいなと思っています。


普段から読んでいる話もそういうのばっかりなんですよ。子どものころに読んだり見たりして影響を受けたものが、レイ・ブラッドベリの『火星年代記(※4)』と、手塚治虫の『火の鳥(※5)』。だからすでに、小学生のときからつらくてしんどい話が好きだったんです。


※4『火星年代記』

アメリカのSF作家レイ・ブラッドベリが著し、1950年に発行された短編集。火星を舞台に、地球人と火星人の対立、文明の興亡などが描かれる。


※5『火の鳥』

漫画家、手塚治虫による長編漫画。時空をこえて存在する超生命体・火の鳥とともに、過去と未来を交互に描いた手塚治虫の代表作の1つ。


――つらくてしんどい話に囲まれて育ったんですね。ところで今、SFの話がちらほら出てきましたが、紅狐さんのことをある程度知っている人だと、紅狐さん=SFのイメージがある人が多いと思います。でも、『TO:NORTH』はあまりSFではないですよね。かなり身近な世界観になったと思うのですが、主人公の環境が決まるまでにはどういったプロセスがあったのでしょうか。


紅狐さん:

実は一番最初『TO:NORTH』の話を書き始めたときは、そのまんま主人公がパワードスーツを着ていて中にAIがいて、っていうひねりのない話だったんです。ただ、もともと趣味で小説を書いていて、同じような設定で10万字に及ぶ『重機のキララ(※6)』という長編がありまして。『TO:NORTH』を書くときに、自分が好きなものを書きたくて一旦『重機のキララ』と同じ設定でいこうと思ったんですが、SFってそもそもの「説明」がめちゃめちゃ多いんですね。


※6『重機のキララ』

紅狐さんが2020~2022年に連載していた長編小説。身体の8割を機械義肢に置換された大男「キララ」が、脳内に埋め込まれたAI「オキザリス」と対立しながら、生身の身体に戻ることを目指す物語。カクヨムpixiv等で公開中。



紅狐さん:

「まず主人公が身体を機械に置換されてまして、機械をコントロールするコンピューターが彼の脳内に埋め込まれていまして、そのAIと彼の精神が拮抗していまして……」みたいな。その説明を楽しむっていうのもSFにはあると思うんです。でも、『TO:NORTH』は探索アドベンチャーなんですね。アドベンチャーゲームで説明ってめちゃくちゃ難しい。歩き回って物を調べるのがメインのゲームだから、そもそも最初の状況説明でややこしいことにすると、ゲームの本質に行く前にみんな飽きちゃうだろうと。


――前提条件の説明が大変ということですね。


紅狐さん:

で、もっと分かりやすくしようと思った結果、よりみんなが分かるものに1行で例えようと考えました。「頭の中にいる、自分にしか感じられない」「自分だけど自分じゃないもの」って、イマジナリーフレンドだよなって思って。イマジナリーフレンドをテーマに決めたときに、友達の話にしようってなったんです。そこで自分と、自分の内側にいるイマジナリーフレンドと、自分の外側にいる友達の3人の話にしよう、と考えました。どんどん分かりやすく、いろんな要素を削っていった結果、今の話になったんです。


――最初は頭の中にいるAIという設定だったけど、その説明が大変だからAIをイマジナリーフレンドに変えて、友情にまつわる話になったんですね。話のモチーフの1つとして登場する、eスポーツ的な要素はどこからきたのでしょうか?


紅狐さん:

個人的に、最近eスポーツが熱いなと思っていて。子どものころからゲームが好きだったわけなんですけど、ゲームで生計を立てていくって夢のまた夢だったんですよね。言ってしまえば『ゲームセンターあらし(※7)』みたいな生き方をしてるわけじゃないですか。


※7『ゲームセンターあらし』

漫画家すがやみつるが1978~1983年まで描いた漫画。実在するアーケードゲームなどを題材に、主人公の少年・石野あらしが数々の死闘をくぐりぬける少年漫画。


紅狐さん:

「『ゲームセンターあらし』はフィクションだよね」って思ってたところに、本当に『ストリートファイター』とか『Call of Duty』とかやってお金を稼いでる人がいるって、めちゃめちゃ夢みたいなことだなって思って。普通にeスポーツ観戦を楽しんでたんですよ。


『TO:NORTH』を友達の話にしようと考えたときに、まず親しみやすくしたくて、主人公たちの年代を高校生まで下げました。それで、高校生同士が友達になる話にしようとしたときに、『TO:NORTH』はゲームだから、「この作品を遊ぶ人にとって一番身近なものはゲームだろう」と思って。ゲームの中で友達を作って、そのきっかけとなったもので未来に生きていく話にしようとしたときに、じゃあeスポーツだというところに至りました。


――もともとeスポーツに関心があって、シナリオ的なパズルを組み立てていったらモチーフの一つになったんですね。紅狐さんが「高校生」を主役にシナリオを書くのは初めてだと思うのですが、それは「親しみやすくしよう」という意図からですか。


紅狐さん:

これはちょっと、個人的な経験に関わってくる話ですね。私は子どものころからパソコンが好きで、わりとずる賢い子どもでした。で、公立の小学校・中学校って、周りの地域ごとに区切られた学区で学校に行くじゃないですか。公立の学校に通ってるとき、好きなものとか考え方が違いすぎて、ガチで友達が1人もいなかったんです。本当にいなくて。何なら休み時間に1人で落書きとかして遊んでいるときに、クラスの女の子グループのなかで馴染めない子とかが、居場所が無いのでとりあえず私の席に来るみたいな。なんか島流しの島みたいになってて。


――治外法権になってたんですか。


紅狐さん:

「あそこだけは別の国」みたいな。でも、島流しに遭った人と仲良くなれたわけでもなく。


――そこで友情が……とかそういう話でもないんですね。


紅狐さん:

中学のときは部活に入ってたんですけど、部活の同期の子と仲良くなれるわけでもなく。でも、高校に入るときにそこがデザイン科だったんですが、受験して入ったその高校で初めて本当に「これは友達だ」っていう友達ができたんです。


――「デザイン科」という、ある意味特殊な条件で集まっているから、初めて性質が通じ合う友達ができたのでしょうか。


紅狐さん:

そこは結構特殊な学校で。デザイン科とかインテリアデザイナー科とか、手に職をつけたい人たちが来る学校だったんです。でも技術だけに特化しているわけじゃなくて、勉強も入試のときに必要っていう高校で。そんなちょっと特殊な学校を受験した、言ってしまえば私みたいなひねくれものがいたんです。


――選りすぐりのひねくれものたちが集まる高校だったんですね。


紅狐さん:

ひねくれものワールドだったんですよ。だから高校って、私にとって初めて友達ができた素晴らしい年代で。



――高校生活というのが友達との初めての出会いだったから、『TO:NORTH』で友達の話を作ろうとした時も、高校生が主人公になったんですね。


紅狐さん:

本当に初めての友達ができたっていう経験が高校生だったから、「この子たちも高校生にしよう」ってなったんです。


――すごく納得しました。


紅狐さん

ちなみにこの話、まだ続きがあって。高校3年間でめちゃめちゃハッピーな、友達がいる生活を送ったんだけど、そのあと1年浪人して短大にいったら、短大では友達が1人もできなかった(笑)


――そこはいい話で終わらせてくださいよ。ところで、なぜ浪人したんですか?


紅狐さん:

大学受験を考えた時期は、まだ「映像をやりたい」って決まっていなくて。「コンピューターで何かやりたい」とだけ決まっていたときに、「ゲーム音楽がやりたいな」と思ったんです。というのも、そのときたまたま、ニンテンドーDSの『大合奏!バンドブラザーズ』(※8)にドはまりしていたんですよね。「ゲーム=メディアアートだ」「メディアアートと音楽を組み合わせたものだ」と考えて。国立の東京藝術大学の「音楽環境創造科」を受けようとしたのですが、さすがに芸大にはちょっと行けなかった。


※8『大合奏!バンドブラザーズ』

2004年に発売されたニンテンドーDS専用音楽ゲーム。「ハンディ楽器」を謳っており、譜面に合わせてボタンを押すことでさまざまな楽器の演奏が楽しめる。また、「エディットモード」では、本格的な作曲が可能だった。紅狐さんが作曲にはまっていたのもこちらのエディットモードとのこと。


――短大は別として、高校の思い出があって、『TO:NORTH』が高校生の話になったわけですね。高校生を描くうえで、今までと違ったことや大変なことはなかったですか?


紅狐さん:

正直、そんなことは特になかったです。今までSFを書いていたわけですが、そもそも私が好きなブラッドベリとか手塚治虫とかは、SFの技術面に視点を合わせている人ではなくて、人の心の動きとか、情緒を描く人たちなんですね。それで、私も情緒を描くのが好きだったから、世代を若くしても、人の情緒は変わらないんです。人の感情を描くっていう点では、今までの話と全く変わらなかった。



――いろいろ繋がっているんですね。ところで、ブログで『TO:NORTH』のあとがきを書かれていましたが、村上春樹氏の短編が影響を与えていると仰っていました。その小説が紅狐さんに響いたのも、高校で友達ができたのが関係しているのでしょうか。


紅狐さん:

そうですね。村上春樹氏の「七番目の男」(※9)が、国語の教科書に載っていて、それを初めて読んだのが高校生のときなんです。当時はなんかちょっと怖い話だなっていう感想でした。お化けが出てくる、あんまりピンとこない話だなって思ってたんですけど、大人になってから、印象が変わったんです。


※9「七番目の男」

1996年に文藝春秋より刊行された、村上春樹氏の短編集『レキシントンの幽霊』に収録さされる短編。主人公は子どものころ、仲のいい友人と荒天の海へ赴き、波にさらわれる友人を助けそこなってしまう。そのときの後悔から、主人公は何年もの間自責の念に駆られ、海へも近づけず、夜ごとに友人に襲われる悪夢にうなされる。しかし五十代の大人になり、自宅整理の折に、かつて友人が描いた絵を発見。その絵の美しさ、純真さから、友人は自分を恨んでいたのではないのではないかと気付き、新たに人生を生き直すことを決意する。


友達っていうよりは映像の仕事とかを受けたときの話になるんですが、くっそ忙しいときにすごいうっかりミスをするんですよ(笑) 締切が3時間後なのに1時間かかるレンダリングの映像を全て失敗してるとか、慌てて送ったファイルの名前が全部間違ってるとか。


そういうとき、「もう消えてしまいたい……」って思うんですが、意外と相手は「ああ忙しいから仕方ないよね」って思ってたりとか、あとで飲み会に行って「あのとき本当にすみませんでした」って謝ったら、そもそも覚えてなかったりする。そんな風に「相手が怒ってるだろう」ってすごく恐縮してお腹が痛くなるとかって、自分の側の感情がでかいんだな、っていう経験を何度かしたんです。だから、村上春樹氏はやっぱりすごいって思いました。 


――もともと『TO:NORTH』の始まりとしては「AIとサイボーグ」というところで始まったけど、それが友達の話になり、高校生時代の思い出や村上春樹氏の影響を受けながら、このような話になったと。ではインタビュー的な区切りとして……紅狐さんにとって「友達」とは何でしょうか?


紅狐さん:

(笑)


――言い換えますと、「友情を描く」というテーマを書き終えてみて、どうでしたか。


紅狐さん:

自分はそもそも中学まで友達がいなかったんですが、いまだに高校でできた友達とずっと仲良くしているんです。その友達の、ものの見方とかを通して大人になった気がします。「友達」って全部分かってくれる人じゃなくて、お互い分かり合えないんだけど、「分かんなくていいや」ってお互い許せる人のことだと思うんですよね。「君はそれでいいや」っていう。


相手が、たとえば自分がすごく好きなもののことを分かってくれなかったとしても、「まあ○○ちゃんはそういう子だからね」ってお互い思えるっていう感じです。「絶対に分からせてやる!」って説得をするわけじゃなくて、それでいいっていうか。


それはある意味諦めじゃないですか。諦めとか、「人は思い通りにならない」とか、でも一緒に生きていくことはできるんだっていうのを知ると、自分が成長できるんだと思います。自分じゃないもう一つの視点として見たときに、それをすんなり受け入れられるっていうのが、友達のいるいいところだと思うんですよね。


たとえば『TO:NORTH』でいうと、すごく酷いことをしちゃって申し訳ないってずっと思っているんだけど、「そんなに思わなくていいじゃない」っていう、 もう1つの視点があって、それに「そうだね」って言える相手みたいな。すごく抽象的だけど。


――自分が入れ込んでしまうことがあったとしても、そうじゃないんじゃない? と言ってくれたり、全然違う視点だけれど共存していけるような相手ですね。高校がひねくれものの楽園だったからそう生きていかざるをえないですよね。


紅狐さん:

馴れ合いじゃなくて、尖った者同士がいろんな方向に尖ったまま生えているっていう。そういう友達がいるのって大事ですよね。


――では、今後どのような作品を制作していくか教えてください。


紅狐さん:

『DON'T SAY YES』のときも言ったんですけど、構想はないんですよ特に(笑) 最初に言った通り、発注されないとものを作らないタイプだから。


――技術が好きであって作りたいものがあるわけではないという。


紅狐さん:

だから、まずは今動き出している『MINDHACK』をまず完成させないといけないっていう気持ちが一番最初にありますね。そこに加えて、やりたい技術とか、「これを活かしたら面白いだろうな」っていうアイデアが出てきたら、それに沿ってものを作ると思います。


でも、今一番活かしたいなと思ってるアイデアとしては、去年『ARMORED CORE VI FIRES OF RUBICON』(※10)にドはまりしまして。それもまあ、友達の話だったんですね。だから、「巨大ロボの出る友達の話」をやりたいなって思ってます(笑) 予定は未定です。


※10『ARMORED CORE VI FIRES OF RUBICON』

2023年に発売された、フロム・ソフトウェア開発によるメカカスタマイズアクションゲーム『アーマード・コア』シリーズの最新作。辺境の開発惑星「ルビコン」を舞台に、プレイヤーは戦闘メカ「アーマード・コア(AC)」に搭乗し、新たに発見されたエネルギー資源を巡る戦いに臨む。



『Portal』から、真っ白なジグソーパズルを経て


――今はフリーランスの映像作家として活動されているんですよね。


紅狐さん:

そうです。会社に所属しているわけではなくて、フリーランスで仕事を請けて映像を作っている感じです。room6に限りなく所属しかけていますが、所属していません(笑)


――フリーランスになるまではどんな経歴があったのでしょうか。


紅狐さん:

実は会社にちゃんといた期間もあったんです。これまた子どものころからの話になってしまうんですけど、コンピューターで何かやるのが好きだったから、高校でデザイン科のある学校に行って。デザインの勉強をして短大まで行ったんですけど、そこで『Portal』(※11)というとんでもないゲームに出会ってしまったんです。もう、「『Portal』みたいなCGやりてえ~!」と思って、1年間、仕事をしている人向けのCGの専門学校に行きました。


※11『Portal』

2007年にValveからリリースされたパズルFPS。プレイヤーは離れた場所に穴を2つ開けることで、空間を繋げることができる「ポータルガン」を携え、謎の研究施設の実験に巻き込まれる。



――『Portal』がきっかけなんですね。同作の何がそんなに刺さったのでしょうか。


紅狐さん:

私は「光景フェチ」で、光景が大好きなんです。無機質で、人がいない景色が好きなんですね。デフォルメされているんじゃなくて、限りなくフォトリアルに近い風景が好きで。当時の『Portal』のグラフィックの表現って本当に「写真じゃん!」と思ったんです。そこで、「CGってすごいんだな~」と思って。


そこで通い始めたのが職業訓練校で、1年間CGをやって、CGの会社に就職しましょうっていう学校だったんですね。で、私はパソコンが得意なので成績が良かったんですよ。それで、展示会に参加したところ、とある企業から声をかけられたんです。「君は優秀だからうちに来たまえ」って。


――すごいじゃないですか。


紅狐さん:

ただその会社が、CG会社あるあるらしいんですけど、部屋がめっちゃ真っ暗で。照明が1日中点いていなくて、ブラインドも全部下りてて。みんな黙々とCGやってるから誰もしゃべらないんです。隣の人がいるのに、隣の人と社内チャットでしゃべるんですよ。


――対面で話さないんですか。


紅狐さん:

外に喫煙所があって、喫煙所にいるときだけはみんなしゃべるんですけど、喫煙者じゃない人もたまにそこに行って出ていく以外はしゃべらないっていう。


――それは、ストレスフルな環境だったのではないでしょうか。


紅狐さん:

正直、私は人としゃべるのがそんなに得意じゃないから、その環境自体はよかったんです。ただ、光景フェチなのに暗い箱に閉じ込められてるっていうのがちょっと辛くて……(笑) そこを半年で辞めました。でも、すごく優秀なクリエイターの人がやっていた会社だったから、技術はめちゃくちゃ学べてよかったですね。


――そこでCGクリエイターとしての基礎を学んだと。そして、そこからどうされたんでしょうか。


紅狐さん:

その会社を辞めて、半年で新卒からいきなり無職になっちゃったわけなんですけど、路頭に迷って、お母さんが送ってくれた真っ白なジグソーパズルを家でやってて。


――なぜお母様が真っ白なジグソーパズルを……?


紅狐さん:

うち実家がずっと東京だったんですけど、ちょうど私が就職したころ、お父さんとお母さんが急に北海道に移住しまして。それで、北海道名物だっていってミルクパズルを送ってきたんです。だから、なんか察されたわけじゃなくて、たまたま送ってきた(笑) それが偶然ぴったりと虚無の時代に合ってしまって。



――スタッフから聞いたのですが、紅狐さんのご両親が北海道に移住したときのTwitter(現・X)で、「両親をお見送りして泣きながら帰った」と書かれてたとか。


紅狐さん:

はい、めそめそしてました(笑)


――泣きながら見送って、白いパズルを作って、無職という……。


紅狐さん:

無職という。ただ、1年間CGの学校にいたときに、一瞬バイトをしてたんですよ。というのも、CGの学校で、CGじゃなくてAfterEffects(※12)が楽しいなってすごくハマっていて。


※12「AfterEffects」

Adobeが提供するモーショングラフィックスソフト。映像に炎や雨などのエフェクトを加えたり、ロゴやキャラクターをアニメーションさせたりと、多彩な映像表現を強みとする。


紅狐さん:

それでAfterEffectsを使えるバイトをしていたんですけど、ミルクパズルを作ってる虚無のときに、「そういえばあそこのバイトしてた会社って今何やってるのかな?」ってメールを送ったんです。そうしたら、「ちょうど今から新しいアニメーションの企画をやるんだ」って言われて。「そのアニメーションはセルアニメじゃなくて、人を実写で撮ったものの顔だけをアニメキャラクターに差し替えて、それをAfterEffectsで動かす仕事なんだ」っていうんです。それが『影鰐-KAGEWANI-(以下、影鰐)』(※13)っていうアニメなんですけど、『影鰐』の映像の手が足りてないっていうので、関わったんです。


※13『影鰐』

2015年10月から12月まで第1期が放送された日本のテレビアニメ作品。奇獣と呼ばれるUMAが人々を襲うパニックホラーアニメ。


――メールを送ったら、ちょうど「AfterEffects使える人を探してるんですよ」ってタイミングだったんですね。


紅狐さん:

それが結構長いことやる仕事になりまして。『影鰐』の仕事をやっていて「君、AfterEffectsめっちゃできるね」って話になって。で、その『影鰐』を作っているTomoviesっていう会社のその他の仕事も色々引き受けることになって、そこからフリーランスとして独立しました。


――何年くらいTomoviesでお仕事をされていたのでしょうか。


紅狐さん:

『影鰐』と『影鰐』の2期と、『働くお兄さん!』(※14)っていうアニメもやって、3本やったから多分3年ですね。


※14『働くお兄さん!』

2018年1月から3月まで第1期が、2018年7月から9月まで第2期が放送された日本のテレビアニメ作品。猫の青年であるタピオとクエ彦が、さまざまな仕事に励む日常を描く。


――アルバイトでやっていたから、実務経験もあったと。なんだか、すごくナイスタイミングでしたね。


紅狐さん:

そうなんです。私、何か路頭に迷うと必ず手を差し伸べてくれる人がいて。ありがたいことですね。


――でも、『影鰐』も『働くお兄さん!』もやがて終わるわけですよね。


紅狐さん:

そう。アニメの企画だからそのうち終わりまして。で、どうしようかな、営業しなきゃな、みたいなときが2017年くらいで。仕事をより効率的にするために、パソコンをWindowsのタワーPCに買い替えたんですよ。そのときにちょうどインディーゲームが周囲で流行りだして。それで、面白そうなやつを片っ端からやろうと思ったんです。というのも、もともとうちはパソコンがMacだったから、ゲームってパソコンでできなかったんですよね。『Portal』もずっと自分でやりたいと思ってたけどできなくて。


――やってなかったんですか。


紅狐さん:

いや、Xbox360を買って遊びました! それはそれとして、「パソコンでゲームがしたい! そういえば今買い替えたからできるじゃん、やろう」と思って、いくつかやった中で『SUPERHOT(※15)』というゲームがありまして……。『SUPERHOT』にあまりにも感動しちゃって。


※15『SUPERHOT』

2016年に発売されたFPSアクションゲーム。自分が動いているときだけ時間が進む世界で、銃の弾道や敵の動きを予想しながらステージクリアを目指す。



もともと、「1つのアイデアを最後まで上手く活かしたゲーム」がすごく好きなんです。『SUPERHOT』は、自分が動いたときだけ時間が動くっていうシステムで。一人称視点のシューティングゲームなんだけど、自分が動かないとほかも動かずに止まってるから、限りなくパズルゲームなんですよね。そのアイデアとビジュアルとシナリオが全てがかみ合ってる完璧なゲームで、「これはすごい」ってなって。当時の日本のパブリッシングをやっていた会社であるGameTomoに、めちゃめちゃ長いラブレターを送ったんですよ。


――営業とかではなく、ただのファンレターですか。


紅狐さん:

そう。ただただ「このゲームはすげえ」っていうのを送って(笑) Twitter(現・X)で「『SUPERHOT』はすげえ」ってずっと言ってたら「ありがとうございます!」ってGameTomoからリプライが来たんです。それで、「ご意見があったらここに送ってね」というフォームがあったので、そこに思いの丈を全部ぶつけました。


――すごい熱量ですね。


紅狐さん:

そうしたらGameTomoから、「君、映像制作者なんだったら、ちょっとPVとか作ってほしいんだけど」って言われまして。実際に会社へ行ったら、すごく仲良くなったんです。そうしたら、「うちはパブリッシャーなんだけど、今度ゲームを作るんだ」って言われて。そのゲームをなぜか私も作ることになって。


――PVではなく、ですか。


紅狐さん:

まずは、GameTomoが作っていた別のゲームのPVを作ることになったんです。で、PVを作っていたら、GameTomoのなかのもう一つの開発チームが、「アドベンチャーゲームを作るんだ」って。で、そのアドベンチャーゲーム『すみれの空』(※16)の、なぜか開発に参加することになって……何でだかは分からない。


※16『すみれの空』

2021年にGameTomoから発売されたアドベンチャーゲーム。水彩画調の世界で、少女スミレが花の精霊とともに、願いを叶える小さな冒険に出る。



――PVを作るとか、CG制作とはまた全く別の仕事ですよね。


紅狐さん:

そう。主にコンセプトアートを描いたり、イラストレーターさんが描いた絵をCGの世界に並べる、とかの作業をしてました。もともと「キャラクターのアニメーションをしてほしい」と言われていたんですが、キャラクターのアニメーションをするまでにやることがめちゃくちゃあって。それをやっていたらなぜか大体やることになっていた。


――なるほど。『すみれの空』で初めてゲーム開発に関わったわけですね。


紅狐さん:

そう。もともとゲームを「やる側」だったのが、「作る側」にちょっと足を踏み入れました。


――そして、その開発も終わった後……


紅狐さん:

『すみれの空』のプロジェクトが終わったので、またフリーランスに戻ったという。


――それで、現在のようにroom6作品のPVなどを手掛けていると。でも、結局なぜ個人でゲームを作り始めたのかは「分からない」という回答になるんですね。


紅狐さん:

そうなの(笑) もともと『影鰐』をやっていたTomoviesが、よりコストを低くいい映像を作ろうということで、アニメーション作品だけれどUnityを使おうとしていて。実際にUnityを使って『DON'T CRY』(※17)という映像作品を作ったんです。それから『すみれの空』開発があって。そのとき、のちにVODKAdemo?のメンバーになる2人がゲームを作りたいと言い出しまして。じゃあUnityの知識で何か助けになるだろうと思って始めたらこんなことに。


※17『DON’T CRY』

2017年に公開された短編アニメーション作品。AIが政権を握り、人類に出産制限を設ける未来で、人間の夫婦が違法に出産した我が子を守るために奔走するさまを描く。アメリカ、韓国、オーストラリアなど4か国の映画祭でベスト短編賞を受賞し、10か国で上映された。



――Unityの知識は主に『DON'T CRY』でつけたのでしょうか。


紅狐さん:

かな。『影鰐』の2期ですでに結構Unityを使っていて。そこからTomoviesが1個オリジナルを作ろうとして『DON'T CRY』ができ、そこまででUnityを勉強しました。


――その知識は『すみれの空』でも活かされたわけですね。


紅狐さん:

そう。『影鰐』のときは見た目しか分からなかったけど、『すみれの空』ではプロのプログラマーさんの作った中身を横で見る機会があったから、「これってこうやって作っているんだ」というのが初めて分かったんです。


――すべて繋がっているんですね。……でも、個人で作っているゲームはUnityではないですよね。


紅狐さん:

(笑) なぜUnityじゃないかというと、Unityってやることが多いんですよ!


――身もふたもない。


紅狐さん:

大変なの、1人でゲーム作るのって……。なるべくプログラムも書きたくないし、面倒くさいことをやりたくない。そうやって削ぎ落としていくと、まずゲームを作らないはずなんですけど。そこに『GB Studio』という、ほぼRPGツクールみたいな、しかもゲームボーイ実機で動かせるゲームを作れるソフトがあるっていうのを、もともとGB Studioでゲームを作っていた人に教えてもらいまして。パソコンがそもそも好きだから、これもPhotoshopとかIllustratorの延長で「触ったら楽しいかな」って思って使ってみて、それで作った『DON'T SAY YES』が、すごくみんなに遊んでもらえて。


――GB Studioを触ったのも、AfterEffectsを触って楽しいなあとか、CGを触って楽しいなあ、という延長でやったんですね。


紅狐さん:

そうそうそう。パソコンのソフトなら触るのは何でも楽しいから、そのなかにたまたまGB Studioを知って、触ったみたいな。


――知識や技術の吸収力が凄まじいですね。


紅狐さん:

技術が好きだから、特にやりたいことがあるわけじゃないんですよね。「この技術を活かしたいな」って常に思ってるんです。


――それで映像制作の仕事も、人から受注して作っているわけですね。技術が好きだから頼まれて作るのが好きだけど、ときどき自分で作ったりもすると。


紅狐さん:

受注の仕事ばかりをやってると、「この技術を活かしたいけど作る依頼がない」っていう時期がすごく多くて。そうなると作りたい欲だけが先行して、「とりあえず自分でもの作らなきゃ」となるんですよ。


――やっぱり、「この作品が作りたいから」じゃなくて、「この技術が使いたいから」なんですね。


紅狐さん:

そうそう。



――そんな紅狐さんですが、長編小説『重機のキララ』を書き上げていますよね。小説を書く行為は、技術を活かすのとはまた違うと思うのですが、なぜ小説を書こうと思ったのですか。


紅狐さん:

一番最初に小説を書き始めたのは、小学6年生のころです。家が、Macとかを使って絵を描いたりするのが当たり前の環境ではあったんですが、絵を描くのは苦手でした。実はうち、両親2人ともイラストレーターと画家をやっていた時期があって、家に絵が飾ってあったりしたんだけど、それに興味をもつわけでもなく。絵を描くのってすごく大変だし、自分が望んでいるようにはいかないなあってずっと思ってたんです。


そのときに、文章なら書けるって気づいて。友達がいない時期に夜な夜なチャットにハマってたんですね。チャットにハマってたから字を打つのがすごく速かったんです。だから、「文章だったら書ける」となって。何か作るんだったら絵じゃなくて文字だなっていうところから、テキストベースで何かしようと思って小説を書いていました。


で、また話がややこしくなるんですけど、短大に入る手前くらいの浪人してて暇だったときに、技術を持て余しすぎて、「伺か」(※18)っていうデスクトップのマスコットを作ってて。


※18「伺か」

2000年に初公開された、デスクトップ常駐型アプリケーション。デスクトップに2人以上のキャラクターのイラストを表示し、たまに会話などをする様子を見て楽しむ。2000年代前半に流行した。



紅狐さん:

デスクトップにキャラクターを立たせて、それがほっとくと勝手に喋るっていう。それでオリジナルのキャラクターを作ったんですよ。そのキャラクターが、設定がめちゃめちゃ壮大にもかかわらず、ちゃんとストーリーを終わらせずにずっと放置してて。でも、そのキャラクターの伺かをインターネットに置いておいたら、それが「すごく好き」ってずっと言ってくれる人がいたんです。そこで、その人のために、このキャラクターの物語を一旦完結させようって思ったんですね。それで、最初に同人誌というか、自分の書いた創作小説の本を出しました。それが『ZENITH』(※19)という本です。


※19『ZENITH』

紅狐さんが2010年代後半にかけて連載していた連作短編シリーズ、『ALEX THE UNDEAD』をまとめた書籍。人類の衰退した未来の荒野で、つねに飢えに苦しむ不死身の青年アレックスが、人工知能ダイオゲネスとともに旅をするSF小説。現在、電子書籍版がBOOTHにて無料公開中。


紅狐さん:

そして、『ZENITH』を書いたあと、もう一個、人に見せてないけど放置していた作品があったのを思い出して。それが、小学6年生のころに『大乱闘スマッシュブラザーズDX(以下、スマブラ)』の二次創作を書いていたやつで(笑) 


それは、実は『スマブラ』じゃなくても全然いい内容で、自分が考えたカッコいいSFの設定に、『スマブラ』のキャラクターたちを出してたっていう作品だったんです。インターネットを始めたてで自分のホームページを作ったときに、「小説を書いてるのってカッコいいな」って思ってて。小説を連載してる人に憧れて書いていた話なんですけど、その『スマブラ』の長編二次創作小説も、1年に1話とかしか書かなかったんです(笑) 「『壮大な設定があるのに終わってない作品』って、これもあるじゃん」って思って。じゃあ、今度はこれを終わらせようって書いたのが、『重機のキララ』です。


――『スマブラ』の二次創作小説から『スマブラ』要素を抜いて、残ったSF的世界観があって。


紅狐さん:

そこにサイボーグとAIを足して、まとめたら『重機のキララ』になりました。サイボーグとAIは『スマブラ』の二次創作を書いてるときは出てこなかったんだけど、『Portal』にハマったり、SF小説をいっぱい読んだりしているうちに、設定が生えてきました。


――小説を今後書く予定はあるのでしょうか。


紅狐さん:

小説を書く技術を活かして今ゲームを作っているわけですが、小説も、書きたいものが出てきたら書くかもしれませんね。今1番考えているのは、制作中のゲーム『MINDHACK』のキャラクターをより掘り下げるときに、より情報量の多いものって文章だよなっていう。だから、『MINDHACK』に出てきたキャラクターの小説を書こうかなって思っております。



「本当にカッコいいこと」を書くには


――紅狐さんの経歴をざっくばらんに聞いてきましたが、改めて自分に影響を与えた作品を「5つ」まとめるとしたら、何ですか。


紅狐さん:

ここまでの話に一切出てこなかったものが1つありまして。『不思議のダンジョン 風来のシレン(以下、風来のシレン)』です。(※20


※20『風来のシレン』シリーズ

スパイク・チュンソフトより1995年から発売されているダンジョン探索型RPGシリーズ。入るたびに構造が変化する「不思議のダンジョン」に挑み、その踏破を目指す。探索中はレベルアップやアイテム獲得でキャラクターを強くすることができるが、一度死ぬとそのすべてが無かったことになり、最初からやり直しになるのが特徴。



紅狐さん:

「つらくしんどい」っていう話にもちょっと関わるんですけど、『風来のシレン』って死んだら終わりなんですよ。すべて失う。しかも、どんなにそこまで上手くいっていたとしても、ちょっと些細な歯車の違いがあっただけですべてを失うんですよね。でも、死んだとしても、気持ちさえあればやり直せるという。死んだらおしまいなんだけど、心が死ぬことがなければもう1回やり直せるんですね。つらいしんどいことがあったとしても、もう一度ゼロからやり直せば、ふたたびそこまでたどり着くことができるかもしれない。何度でも諦めない心とかを、『風来のシレン』から学びました。


――『風来のシレン』から人生を学んでいるんですね。ほかに好きなローグライクはありますか。


紅狐さん:

最近のゲームだと『Dead Cells』(※21)。あと『Slay the Spire』(※22)かな。


※21『Dead Cells』

2017年に早期アクセス配信開始、2018年に正式リリースされた「ローグヴァニア」ゲーム。ローグライクのような、死んだらやり直しになるシステムと、『メトロイド』のような探索型2Dアクションシステム(メトロイドヴァニア)を組み合わせた、探索型アクション。2023年には売上1000万本を突破したことが発表された。


※22『Slay the Spire』

2017年に早期アクセス配信開始、2019年に正式リリースされた、デッキ構築型ローグライクゲーム。自分自身の選択で作り上げるカードデッキと、不思議なレリックの力を組み合わせ、挑戦するたびに姿を変える塔に挑む。


紅狐さん:

あと、さっき言った『SUPERHOT』がDLCを出すと発表した際、そのDLCがなんとローグライクだって聞いて。「MIND CONTROL DELETE」という追加コンテンツが現れたんです。それが、『SUPERHOT』のローグライク版で一生遊べるんだ、という謳い文句で、話を聞いたときはすっごくときめきましたね。


――その「MIND CONTROL DELETE」は、もう配信されているんですよね。


紅狐さん:

はい、出ました。


――遊びましたか。


紅狐さん:

遊んだ。


――どうでした?


紅狐さん:

……『SUPERHOT』ってめっちゃ死にやすいゲームだから。まだクリアできていないんです(笑)


――諦めない心、活かされていないじゃないですか。


紅狐さん:

だって、『SUPERHOT』の世界ってすべてがガラスみたいなものでできてて、弾かすったら死ぬんですよ(笑) パリーン! って割れて。死んでもやり直せることと、一撃で死ぬのは違うことだから!


――好きなものと好きなものを足してもうまくいかないんですね。


紅狐さん:

でも、それでいうと『Dead Cells』は、もともと私が『スマブラ』の時代から『メトロイド』がめっちゃ好きで。『メトロイド』と『風来のシレン』を足したようなものだから、好きなのは当然でしたね。あとは最近、VODKAdemo?の2人やゲーム仲間と『Risk of Rain 2』(※23)をめちゃめちゃやってます。


※23『Risk of Rain 2』

2019年に早期アクセス配信開始、2020年に正式リリースしたローグライクTPS。未知の惑星を舞台に、数々のアイテムを集めながら大量のモンスターの群れと戦う。マルチプレイにも対応している。



――インプットの話についてお聞きしたので、アウトプットについてもお聞きしたいと思います。紅狐さんが、創作において大切にしていることを教えてください。


紅狐さん:

まず、自分の人間性を形成した5つの作品のうち4つが『火星年代記』『風来のシレン』『火の鳥』『Portal』なんです。そしてもう1個、すごく最近でいうと『ニンジャスレイヤー』(※24)がありまして。


※24『ニンジャスレイヤー』

X(旧Twitter)上で連載されているサイバーパンク・ニンジャアクション小説を中心としたシリーズ。混沌の近未来で、ニンジャに妻子を殺された男・フジキドが、ニンジャを殺すニンジャ「ニンジャスレイヤー」として戦う物語をメインとする。シリアスなストーリーと、突拍子もない文体や設定を特徴としており、根強いファンを抱える。


『ニンジャスレイヤー』は、読んだときに本当に「これでいいんだ」って思いました。めちゃめちゃトンチキな話なんですよ。まず、主人公が「マルノウチ・スゴイタカイビル」で天ぷらを食べてたときに、ニンジャが現れて自分の妻と子どもを殺されるんです。その怒りが別のニンジャの魂を呼び寄せて、その主人公にとりついて、ニンジャを殺すニンジャ、ニンジャスレイヤーになったって話なんですけど。


まずマルノウチ・スゴイタカイビルで天ぷらを食ってるんですよ。すごくトンチキなんだけど、話はめっちゃ重いんですね。いろいろツッコミどころが大量にあるんですけど、話がちゃんとしてるから、読んでるとだんだんトンチキを忘れるんです。『ニンジャスレイヤー』が本当に好きな人は、今マルノウチ・スゴイタカイビルって聞いても「ワハハ」じゃなくて、「ああ、あのフジキド(主人公)の妻子が殺されたところね……」って神妙な気持ちになるんです。


――もう面白ワードじゃなくなってるんですね。


紅狐さん:

自分たちにとっては真剣な言葉だから。『ニンジャスレイヤー』を読んで思ったのは、「理由を知らないでカッコいいシーンを真似しただけではカッコよくならない」っていうことです。たとえば自分が何か書くときに、「スーパーヒーロー着地って見た目がカッコいいよね」ってただ出すと、それだけじゃカッコよくないんですね。そこまでに至る話の流れが、すごくちゃんとお膳立てされていることが大事。大変な、ものすごく死にそうなときに味方が助けに来てくれて、あのポーズで出てきたら超カッコいいっていうことなんです。


見てくれだけのカッコよさじゃなくて、そこに行動と心が伴っているかが大事なんだなっていう。本当にカッコイイことを書けるように頑張っていますね。カッコよさだけじゃなくて、人を感動させる言葉とか、笑わせる言葉とかも、ただ見てくれで真似してるだけじゃなくて、そこまでの土台が大事なんだと思っています。たとえばマルノウチ・スゴイタカイビルっていう建物の名前が、もしいきなり何の意味もなく「ドゥン=フォン=ヴァン=ドゥーヴルバッハ」とかだったら、よく分からないですよね(笑) そうじゃなくて、笑いにも感動にもカッコよさにも、できるだけ理屈が伴うように気を付けています。


――やはり、「パズルのように組み立てていく創作」スタイルと密接に結びついているんですね。ここで、創作以外のプライベートな面についても伺ってみたいと思います。ずばり、ご趣味を教えてください。ただし、「残りHP100のときに打ち込む趣味」「残りHP50のときに楽しむ趣味」「残りHP1のときにする趣味」に分けて教えてください。


紅狐さん:

HPが1しかないときにやる趣味は、はてな匿名ダイアリー(※25)で他人の愚痴を読むことです。


※25「はてな匿名ダイアリー」

株式会社はてなが提供する、日記などに利用できるブログサービス。


――知らない人がインターネットで管を巻いてる愚痴を、ですか。


紅狐さん:

他の人が頑張ってるのを見ると、元気が出るから……。


――愚痴を見たら逆に落ち込みませんか。


紅狐さん:

「世の中にはいろんな人がいるなあ」っていうのを感じられるのと、エネルギー1しかないときって、なにか考えると疲れるじゃないですか。だから、余計な将来の心配より、すでに問題提起している人の意見を見て、ああそういうこともあるよなあ、って考えに染まっている方が心地良いですね。


――なにかに怒っている人のエネルギーに身を委ねる、ということでしょうか。


紅狐さん:

そうそう。HPが50のときは、お散歩に行きますね。光景フェチだから。草がめっちゃ生えてるところとかに行って、「人間がシミュレーションをUnreal Engine 4のなかでやるためには、あんなにポリゴンとか処理能力を使わなきゃいけないのに、自然ってすげえ」って思いに行く。


――草むらを見てそんなことを考えてるんですか。


紅狐さん:

「レイトレーシング(※26)とかすごい処理だよ!」って思う(笑) 


※26「レイトレーシング」

光の屈折や反射など、3DCGの世界における光線と、それに関わる現実的な影響をすべてシミュレーションし、リアルな映像を作り出す技術。


――そもそも「光景フェチ」の「光景」とは、どんな景色を指すんでしょうか。


紅狐さん:

たとえば、太陽光線が宇宙から降り注いでいるじゃないですか。それが物に当たって反射して、反射したものがまた別のものに当たって物が見えているっていう、現象そのものがすごいなあって思ってます。目の前の光景が写実的にそこにあるってことに感動しますね。写実的っていうか「実」なんですけど(笑) 「これがこうやって存在するまでの間にいろんなことがあったんだろうな」っていう。


たとえば家の窓から向かいのマンションとかを見たとき。このマンションって今普通に建ってるけど、大工さんが一から土台を組み立てて、壁塗って、何年も経って人が住んで、人が出たり入ったりして、何ならその中で人が死んだりして、片づけて。いろんなことをして今ここにあるんだなって思うと、感動します。


紅狐さんお気に入りの「光景」写真。


――生きて何かを見てるだけで常に感動しているんですね。


紅狐さん:

そう。何かを観測するのが好きで。この世界はウォーキングシミュレーターなのかもしれない。


――HPが100の時は何をしますか。


紅狐さん:

私って、技術を活かしたいのが有り余っているじゃないですか。でも、ものを作ると、ものが増えていくんですよね。大昔、高校くらいのときは、フェルトでゲームのキャラクターのぬいぐるみを作ってたんです。でも、最終的にぬいぐるみって処分にめっちゃ困って。捨てるのもなんか怖いし、供養とかしないといけない気がして。結局、引っ越すときに全部捨てたんですけどね。


それに対して最近、物が増えない、自分が得しかしない趣味を見つけたんです。それが「料理」なんですよ。そこで最近の私の愛読書は「オレンジページ」(※27)です。購読しています。本屋に行くと、『マーダーボット・ダイアリー』(※28)の上巻と下巻の間に

オレンジページを挟んでレジに持っていくみたいな。「こいつ、生活しつつ本読んでるんだな」みたいな人になってる(笑) そんな感じで料理を楽しんでいます。


※27「オレンジページ」

1985年に創刊され、現在も発行される生活情報誌。レシピ紹介などを中心に、「だれもが手の届く、半歩先の心地いい暮らし」の提案を謳う。


※28『マーダーボット・ダイアリー』

日本では2019年に第1巻初版が発行されたSF小説シリーズ。かつて重大事件を起こし、その記憶を消されている人型警備ユニットの“弊機”を主人公とする連作小説。




――最近作って美味しかったものは何ですか。


紅狐さん:

最近は、クリスマスでも何でもない日にオーブンを使って、鶏のもも肉を丸焼きした日がありました。何でもない日バンザイっていうか。特にイベントがなくてもこんなにうまいもの食べられていいんだって感動しました。



――それでは最後の質問です。もし他人が、何でも自分の好きな作品を作ってくれるとしたら、どんな作品が見てみたいですか。


紅狐さん:

『MINDHACK』のレベッカ隊長(※29)の60cmくらいある全身フィギュアが欲しいです! 商品化待ってます!


※29「レベッカ隊長」

『MINDHACK』に登場する主人公の友人、レベッカ・ソーン。紅狐さんがキャラクター原案を手がけた。





ゲーム開発や文章執筆、そして映像制作と幅広い活躍の幅を見せる紅狐さん。最新作『TO:NORTH』はitch.ioにてプレイ可能です。




この記事を書いた人

  • 記者:ササン三(room6)

  • 校正:fukushima(room6)

  • デザイン:高市(room6)

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